『た、助けてくれ!バケモノに喰い付かれた!』
敵の混線が頭に響く。
前を行く敵機が、身を翻して高度を落としていく。
―――逃がさない。
瞬時に手が、スティックが、尾翼が動く。
アフターバーナーは全開。速力はM1.5。螺旋を描いて堕ちていく機体に身を任せる。
敵機との距離、3500。3200。3000。
『クソッ!クソッ!クソッ!なんて速さだっ!なんて機動だっ!』
HUD上、真正面にあった敵のマーカーが"ぶれる"。
機首を上げる為か、減速し始める敵機。何にせよその時点で、この敵に勝機は無くなる。一気に狭まっていく距離。
速力M2.0。相手の速力の2.5倍で接近、チャフ、フレアの射出はさせない。そんな時間は与えない。
着弾が"ずれたら"困るから。
『ブレイズ、敵機を撃墜』
直ぐに機体を立て直す。減速なんて必要ない。いくらGが掛かろうと、辛さなんて感じない。耐えられる。
人はこれを才能と呼んだ。生まれながらにしてのパイロットだと。
空軍の適正検査さえ無ければ、こんなことはしなくても良かったなどと思っていた。
戦争さえ無ければ、こんなことはしなくても良かったなどと思っていた。
才能さえ無ければ、こんなことはしなくても良かったなどと思っていた。
『バケモノめ!クソッ!オーシアのバケモノめぇっ!』
レーダーが赤く点滅する。
いつの間にか張り付かれていたステルスが一機。
『死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!』
凄まじいアラームがサイドワインダーの接近を知らせた。
当たる筈が無い。
減速し、機体を捻る。それだけ。
白い雲が飛びぬけて、黒の母体が現れる。
身体を傾ける敵機。もう遅い。
『グッドキル 隊長!』
―――この戦争が始まって直ぐ、いや、実戦で飛ぶ事になって直ぐ、大きな防衛戦闘があった。
セント・ヒューレット軍港を、奇襲攻撃から護る。そんな"仕事"。
そうだ、あの戦闘まで、軍務なんて仕事以外の何者でもなかった。
才能を見込まれて半ば無理矢理空軍に徴されて、13歳からの英才教育。
貧しかった家元を離れ、寮での一人暮らし。
周りは皆、自分よりも5歳は年上の人間ばかり。気の会う友人なんて居る筈も無く、毎日がつまらなかった。
そして、毎日寮の人間たちには虐められ続けた。「ガキの癖に生意気」だとか、そんな理由で。
他人と話さなくなったのも、それが原因。
空を飛ぶのが嫌いだった。
それでも、飛ばなければならなかった。貧しかった家を助けるためにも。
だから、"仕事"。
サンド島での軍務なんて、仕事でしかない。そう思っていた。
実戦で飛んだ最初の3回のフライト。何も考えることなく敵機を堕としていた。
何も考えず、何も考えず、何も考えず、兎に角すぐに戦闘を終わらせる為に。早く、速く、迅く。
そんな中、セント・ヒューレット軍港での戦闘、あの海を見た。
堕ちた飛行機が、海を漂っていた人間たちを飲み込んだ。
悲鳴と怒号と轟音の中、ただただ海を眺めていた。
そこに居た人間たちが人間でない何かになっていくのを、ただただ眺めていた。
―――これが戦争か。
初めて生まれた、戦争への感情。
今まで感じた事の無いような不快感、同時に自分のしてきた事を思い出していた。
自分が何機も打ち墜としてきた敵機の中には、死んだ人間も―――――
『おいおいおいおいブービー、今日はまたえらい撃墜数だな』
『本当です隊長、やっぱりあの機動は凄いですよ』
二人が称えてくれるのを、何も言わずに聞いていた。
『全く、何度見ても考えられねぇ。撃墜数13機中、全員が脱出に成功だろ?一体いつもどうやって敵機を撃墜しているんでぇ、このバケモンは』
『・・・バケモンは失礼ですよ』
「・・・・・・」
『・・・翼よ。そうでしょ、ブレイズ』
「・・・・・・」
『翼ぁ?翼撃ってどうするんでぇ』
『・・・もしかして、胴体に当てて直ぐに爆発させるのでなく、翼に当てて脱出させる時間を作ってるんですか?』
「・・・・・・」
―――あの戦闘以来、考えが変わった。
"戦闘を早く終わらせたい"という考えが、"戦争を早く終わらせたい"という考えに変わった。
"仕事"という考えが、"任務"という考えに変わった。
"貧しかった家を助ける為に飛ぶ"という考えが、"早く戦争を終わらせたいと願う人の為に飛ぶ"という考えに変わった。
『・・・するってーと何か?この男はあの一瞬でそんな事考えながら飛んでやがるのか?』
『そうなんでしょうね。本人が何も言わないから、真意は判りかねるけれど』
『うへぇ・・・俺には無理だね』
―――もうこれ以上、人が死ぬのを見たくない。
そしてこの才能は、この戦争を終わらせるために与えられた力だと信じている。
早く、速く、迅く、戦争を終わらせる為に。
悪魔だとか、化け物だとかと呼ばれても良い。
私はこの力を以って、この戦争を終わらせてみせる。
そうだ。あの"リボン"のように―――
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