着艦を無難にこなし、俺の操縦するF-4Sは、母艦である空母ロンディワルに帰艦した。  フライトデッキに降り立った俺は、ヘルメットを脱ぎ、喘ぐように外気を吸う。フライトデッキでヘルメットを脱ぐのは規定違反だったが、幸いなことに、咎める者は誰もいなかった。今頃になって、戦闘時の恐怖がぶり返してきたのか、手の震えが止まらない。  そんな俺を他所に、甲板上では久しぶりの勝利に沸きあがっていた。俺たちのF-4Sの周りにも、色取り取りのジャケットを身に付けたデッキクルーたちが集まり、口々に俺たちの上げた戦果に対する労いの言葉をかけてくる。気の早い者の中には、機体に取り付き、インテークベーンにキルマークを書き入れる者までいる有様だ。悪い気はしないが、初陣の興奮冷めやらない俺はそれどころではなかった。  機体の方を振り返ると、後席からツイキ少尉が降りてきたところだった。男にしてはやけに小柄で肩幅が狭く、身長なんて俺の肩ぐらいしかないのではないだろうか。  気だるそうにデッキに降り立つと、はやし立てるデッキクルーを無視するように、フライトデッキに背を向ける。 「ちょ、ちょっと待ってくれ!」  まともな挨拶をしていなかった俺は、あわてて後を追った。搭乗員エレベータで艦内に降りたところで、ようやく相棒はヘルメットを脱いで俺に顔を向けた。 「……」  はじめて相棒の素顔を目の当たりにした俺は、呆けたように口を半開きにしてしまった。  あまりにもベタな展開だ。漫画や小説では良くあるが、現実では絶対に起こりえないシチュエーションだと思った。  無骨なヘルメットの下から現れたその顔は、むさ苦しい野郎のものではなく美しい女性のものだった。歳は多分、俺と同じくらいだろう。意志の強そうな切れ長の目がやけに印象的だ。笑えばかなりの美人だろうに、「世の中のすべてが気に入らない」とでも言うかのように、口元をへの字に引き結んでいるせいで、かなりきつめの印象を受けてしまう。 「……なんだ? 私の顔に何かついているか?」  間抜け面を晒して突っ立っている俺を訝しげに見返し、ツイキ少尉殿はぶっきらぼうに言った。 「い、いや……失礼……」  内心の動揺を必死に押し隠し、俺は速やかに謝罪した。  まさか、「アナタに見惚れてました」などと言えるわけがない。言った瞬間に張り飛ばされそうだ。 「自己紹介がまだだったな。ミホ・ツイキ。階級はお前と同じ少尉だ」 「あ、ああ、よろしく。俺は……」  俺は自分の名前を名乗った。彼女は素っ気無く頷き「一応言っておくが」と、どこか投げやりに口を開いた。 「間違っても、今回の戦果が自分の実力だなどと思わないことだ」 「わ、わかっているさ」  どうにか答える自分の声が硬い。ビギナーズラックだという事は分かりきっていたが、だからといって、あからさまに指摘されて気分の良いわけが無い。 「それなら、いい」  ツイキ少尉はむっつりとしたまま頷き、さっさと踵を返した。 「すぐにデブリーフィングだ。先に行く」  背中を向けて言うと、ツイキ少尉殿は足早に立ち去ってしまった。 「やれやれ。あのお嬢ちゃんは相変わらずだな」  呆然と見送る俺の背後から、苦笑混じりの男の声が聞こえた。  振り返ると、そこには、ブラウンジャケットを着た背の低い壮年の男性の姿があった。髭面と見事なビアダル体型は、まるでファンタジーの世界から抜け出てきたドワーフのようだ。  俺たちが搭乗したF-4Sの機付長の曹長だった。確か彼は、飛行隊の整備主任も兼ねていたはずだ。  突然のスクランブル発進のせいで、まともに挨拶する暇(いとま)も無かったが。 「よう、FNG。4機撃墜だって? 大活躍じゃ無いか」  がはははと笑いながら、俺の背中をバンバンと叩く。ちょっと……いや、かなり痛い。 「いや、その。運が良かったんですよ……」  その言葉に偽りは無い。レイピア1を始めとする僚機が敵の護衛機を一手に引き受けてくれたことと、彼女のリードがあっての事なのだ。 「ふむ。なかなか殊勝で結構なことだ」  機付長はウンウンと頷いた。 「嬢ちゃんもお前さんのことを気に入ったようだからな。仲良くしてやってくれ」  気に入った……? とてもそんなふうには見えなかったが。 「おうよ。あの程度で済んだのは、お前さんが始めてだぞ」  俺の困惑した表情に気付いたのか、機付長は意味ありげに口の端を吊り上げた。 「今まで嬢ちゃんと組んだヤツは何人かいるがな、どいつもこいつも1週間と持たなかったさ。まあ、あの通りの性格だからな」  機付長の言いようは、まるで自分の娘でも自慢するかのように誇らしげだった。  「上官だろうがなんだろうが、ボロクソに扱き下ろすんだよなぁ、これがまた。やれ無駄弾が多いだの、マニューバ(機動)がなってねえだの、燃料を使いすぎるだの……嬢ちゃんの言う事はいちいち的を射ているから、なおさらたちが悪い」  俺は、この機付長がやたらと嬉しそうな理由にようやく気がついた。  飛行機乗りという人種――特に、空母という大海に浮かぶ小船に着艦する技量の高さを、何よりも誇りとしているネイバルエビエータ(海軍航空士官)は、良くも悪しくもプライドの高い連中が多い。中には、整備兵やデッキクルーのような裏方の人間を軽んじる輩も少なからず存在する。彼らがいなければ、まともに航空機を飛ばすことが出来ないにも関わらずだ。  ツイキ少尉がそんな連中を罵る様子が、機付長にはかなり痛快だったのだろう。 「ところでFNG。デブリーフィングはいいのか?」 「あ、いけね!」  俺は機付長に敬礼を一つ残し、慌ててブリーフィングルームに向かった。  前回の防空戦から数週間が過ぎた。  総司令部への爆撃を防いだ俺たちだったが、戦況が絶対的に不利であることに変わりは無い。  破壊されたレーダーサイト網の復旧は遅々として進まず、AWACSやAEWのオーバーワークぶりも相変わらずだ。  当然、俺たちも遊んでいたわけではなく、実戦さながらの訓練に明け暮れていた。  そんな中、インテル(情報部)から無視できない情報がもたらされた。  エルジア軍が、リグリー飛行場駐留の爆撃部隊を増強したというのだ。  リグリー飛行場は、ユージア大陸東部に位置する飛行場だ。元々は、田園地帯の只中に作られた、農薬散布に使う民間ライトプレーンが離着陸する程度の小規模な民間飛行場だったのだが、エルジア軍が侵攻した際に接収し、瞬く間のうちに軍用飛行場に作り変えてしまったのだ。滑走路は3000Mにまで延長され、戦闘機や攻撃機はもちろん、大型の戦略爆撃機や輸送機の離着陸も行えるようになっている。  現在では、エルジア空軍のノースポイント侵攻前線基地となっており、ISAFにとってその存在は、喉元に突きつけられた刃そのものだ。  爆撃飛行隊増強の報を受け、ノースポイント司令部は、リグリー飛行場に対する攻撃作戦を決定した。目的は、敵爆撃機の殲滅。  白羽の矢が立ったのは、前回の戦闘でエルジア軍爆撃部隊を撃退した空母ロンディワル所属の空母航空団―つまり、俺たちだ。 「インテルからの情報によると、エルジア本国から増強されたものを含め、リグリー飛行場に集結した爆撃機は40機前後。その殆どが、先日諸君がお相手をしたTu-95ベアだ」  CAG(空母航空団司令)はゆっくりと俺たちを見渡した。 「だが、我が軍のCOMINT(通信情報収集)機が収集した情報によると、そのうちの10機が、Tu-22M-3バックファイアCであることが判明した」   ブリーフィングルームが僅かにどよめいた。  Tu-22ブラインダーの発展型であるTu-22Mバックファイアは、可変翼を備えた中型の超音速爆撃機だ。超音速を叩き出せる爆撃機といだけで、現状のISAFにとって十分な脅威となる。加えて、AS-16キックバック、AS-17クリプトン、AS-20カヤックといった、強力なスタンドオフ対艦・対地ミサイル兵装も充実している。前回相手にしたターボプロップ機のTu-95にもそれらの運用能力はあり、単純な積載量だけ言えば、Tu-95のほうが上ではあるが、超音速機である分、Tu-22Mのほうがより厄介な相手だ。 「どっちにしろ、飛び立つ前に始末しちまえば良いって事でしょ?」  砕けた口調でそう言ったのは、レイピア1――レイモス・ゴドー大尉。前回の防空戦において、臨時に飛行隊長を勤めたベテランだ。  聞いた話では、戦前はFCU海軍教導航空団でアドバーザリー(仮想敵)を務めていた凄腕だという。 「その通りだ、大尉」  CAGは頷いた。 「彼らは重大なミスを犯した」 CAGが端末を操作すると、正面のディスプレイにリグリー飛行場周辺の地図が現れた。 「本国から2個爆撃飛行隊を呼び寄せたエルジア空軍は、爆撃機の駐機スペース確保のため、もともと駐留していた3個戦闘飛行隊のうち2個飛行隊を後方に退避させたのだ」  ブリーフィングルームが再びどよめく。今度は、先ほどとは違う種類のどよめきだ。 爆撃機をいくら揃えたところで、護衛の戦闘機がいなければ話にならない。そこをあえて戦闘機部隊を後方に下げ、爆撃機部隊を増強したというのは、示威行動のつもりなのか、俺たちを舐めきっているのか。エルジア軍の真意はともかくとして、これが反撃のチャンスである事は間違いない。  CAGの作戦概要説明によると、幸いな事にリグリー飛行場は、元は民間の小規模飛行場だったこともあってか、AAA(対空火器)の密度は薄く、SAM(地対空ミサイル)は配備されていないらしい。  ブリーフィングが終了し、全員が三々五々に持ち場に散り始めた。俺とツイキ少尉も、割り当てられている機体に向かう。  今回の作戦で俺たちは、爆撃を担当するヘイロー隊に編入された。それに伴い、コールサインもヘイロー4に変更、暫定的に付けられたメビウス1というコールサインとは早々とオサラバすることになった。  爆撃任務という事で、俺たちのF-4Sには発艦重量ギリギリまでMK82低抵抗爆弾が搭載された。空対空兵装は、自衛用のAIM−9Lサイドワインダー2本のみ。もっとも、爆装している状態で空戦なんぞ出来るわけが無いので、所詮は気休めでしかないのだが。  順次空母を発艦した俺たちは、上空で編隊を組んだ。  編隊長機であるヘイロー1を先頭に、左後方にヘイロー2、右後方にヘイロー3、さらに右後方に俺たちヘイロー4。フィンガーチップと呼ばれる基本的な隊形だ。 「久しぶりに陸の上を飛んでるな……」  僚機のクルーがぼそりと呟いた。その言葉に触発されたわけじゃ無いが、俺はキャノピー越しに地上の風景に目を向けてみた。眼下には一面に広がる田園風景。今が戦時下であるとは思えないほどの長閑な風景だ。 「どうした、ヘイロー4。遅れているぞ。編隊間隔を崩すな」  編隊長の声に我に返る。俺たちのF-4Sは編隊から落伍しかかっていた。 「す、すいません、了解です!」  慌ててスロットルを調整し編隊に合流する。 「何をやっている。編隊飛行もまともに出来ないのか、お前は?」  後ろから掛けられる妙に冷え切った声。思わず俺は、狭いコックピットの中で首を竦めた。 「おいおいおいおいおいおい、もう尻に敷かれているのか、ヘイロー4?」  ヘッドセット越しに揶揄するような笑い声が響いたのはその時だった。左前方を飛行するヘイロー3のF-4Sを見ると、クルーがこちらに向かって手を振っている。  前席パイロットのモノグラム少尉と後席RIOピット少尉のペアだ。  俺たち同様前回の防空戦に参加し、俺と同じFNGながらもMiG21 2機、Tu-95 1機を撃墜する戦果を上げている。 「しかし、美女とご同道なんて、実に羨ましい限りだね」  のんびりとした口調でのたまったのは、RIOのピット少尉だ。 「まったくだ。こっちなんて、後ろに熊みたいなムサイのを乗せてんだぜ? なんだよ、この待遇の差は」  笑いを含んだ声で答えるパイロットのモノグラム少尉。2人とも人の気も知らないで言いたい放題だ。 「代わって欲しいなら、いつでも代わってやるぞ」  俺が言い返すと、二人は声を立てて笑った。 「いやいやいや。滅相も無い。俺如きじゃ姫君のナイトは務まらんよ」  おどけたようにモノグラム少尉が言った。 「美女ってものは、遠くから眺めて愛でるのが一番さ」 「そうそう。違いない」  のんびりと同意するピット少尉も、妙に楽しそうだ。 「……貴様ら。いつまでくだらんお喋りをしているつもりだ?」  いらついたようなツイキの声に、俺たちは一斉に押し黙った。 「ヘイロー1より、3、4。レクリエーションはオウチに帰ってからにしろ。作戦行動中は私語を慎め」  とうとう見かねたのか、編隊長からの通信が入った。怒るというより呆れているような口調だった。 「3、了解」 「4、了解」  復唱しながらも、口元になんとなく笑みが浮かんでしまう。  作戦前の緊張が多少はほぐれた気がした。 「またな、ヘイロー4。空母で会おう」 「ああ。それじゃ」 「ハードラック、レイピア1。レーダーコンタクト。ベクター3-0-0、エンジェル13、2ボギー」  先行するレイピア隊から敵機発見のコールが入った。 「レイピア、ハードラック。敵のCAP(戦闘空中哨戒)機だ。機種はF-5E。交戦を許可する。攻撃隊に接近させるな!」 「レイピア1、了解。いくぞ、野郎ども。ロックンロール!!」  レイピア1―ゴドー大尉の率いるレイピア隊のF-8Eクルーセイダーが、増槽を投下して加速していくのを視界の端に捉えた。少々型落ちしているF-8Eだが、数の上で勝っている上、レイピア隊はロスカナス撤退戦以来のベテラン揃いだ。万が一にも敵に後れを取る事は無いだろう。 「ヴァイパー・ヘイロー各隊は、そのままのコースを維持。送電線沿いにリグリー飛行場に向かえ。オメガ隊は2隊の援護に回れ」 「オメガ1、了解。オメガ隊はこれより上空援護に入る」  オメガ隊の4機のF-8Eが散開し、2機編隊に分かれるとヴァイパー隊と俺たちヘイロー隊の前後に張り付く。 「ヴァイパー1、了解。AAAは任せてくれ」 「ヘイロー1、了解。ヘイロー隊各機、マスターアームスイッチオン。親愛なるエルジア軍の皆様方へのプレゼントの時間だ!」  長閑な田園風景の中にひときわ威容を誇るリグリー飛行場が見えてきた。まだ少し距離があったが、それでもエプロン一面に並べられた爆撃機の列線が視認できた。  今頃リグリー飛行場では、空襲警報が鳴り響いていることだろう。  見渡す限りのベアの中に、ちらほらと間違い探しのようにバックファイアが紛れている。  先行する僚機が次々と翼下に抱えた爆弾を投下し、爆撃機のいくつかを残骸に変えていた。 「僚機に遅れるな。私たちも続くぞ」   AAAからまばらな火線が上がる。既にヴァイパー隊によってその殆どが潰されており、奇襲攻撃による混乱も手伝ってか、見当違いの方向に撃ち上げているが、それでも心臓を鷲掴みにされるような恐怖がこみ上げてくる。 「高度500、進入角度-10度。爆撃諸元算出完了」  ツイキが淡々とした声で告げる。 「了解。ヘイロー4、爆撃進入開始!」   慎重に高度を調整し、俺はピパーを駐機しているベアの1機に定めた。 「ヘイロー4、ボムズ・アウェイ、ボムズ・アウェイ!!」 両翼2箇所のパイロンに6個ずつ搭載された計12個のMk.82のうち、2発を投下。その直後、背後で凄まじい爆炎が上がる。再侵入のため乗機を旋回させる俺の目に映ったのは、爆装していたためだろう、周囲の機を巻き込んで派手に炎上するベアの残骸だった。機体の破片に混じって、人のカタチをした消し炭が散乱しているのが見えた。喉の奥からこみ上げて来る酸味を帯びたものを必死で堪える。 「余計な事は考えるな。これは戦争なんだ。任務を遂行する事だけを考えろ」  俺の内心を見透かしたような、ツイキ少尉の声。彼女は平気なのだろうか? 声色は普段とは変わらず、動揺している様子は微塵も感じられない。 「次も片付けるぞ。旋回して再侵入だ。生き残りのAAAに気をつけろ。高度計から目を離すな」  再度の爆撃侵入のため旋回する俺のF-4Sは、丁度滑走路の上空に出た。こんな状況にもかかわらず、迎撃の為に上がろうとしている2機のMiG-21があった。幸運な事に―敵さんからすれば不幸なことに―俺たちのF-4Sは、離陸しようとしている2機の6時方向に位置していた。こちらが背後に出現したことに気付いているのだろう。離陸を終えたばかりの2機のMiGは、必死に高度を稼ごうとしている。俺は反射的に兵装スイッチを爆撃モードから短射程ミサイルモードに切り替え、AIM-9Lサイドワインダーをリリースする。 「ヘイロー4、フォックス2、フォックス2!」  続けざまに2発放ったAIM-9Lは、それぞれのエンジン基部に吸い込まれ、後部胴体を吹き飛ばした。破片を撒き散らしつつMiGは滑走路端に墜落する。 次の目標を探す俺の視界に、1機のF-4Sが目に入った。モノグラム・ピットペアの乗るヘイロー3だった。低高度にも関わらず鋭く旋回すると、ベアの上空で次々と爆弾を投下する。行きがけの駄賃とばかりにその進路上にあった格納庫にも爆撃を加える。新兵の中から選抜されただけあって、腕は確かなようだ。  味方機が上空を通過するたびに、地上の残骸は数を増していく。戦闘は一方的に終結しようとしていた。  エプロンに駐機されていた爆撃機はその殆どが鉄くずと化し、配備されていた戦闘機部隊もその殆どが地上で破壊されるか、離陸時の無防備な瞬間を狙われ、闘死する権利も与えられないまま撃墜されていった。   「ハードラック、ヘイロー1。敵爆撃機の全機破壊を確認。基地施設もあらかたぶっ壊したぞ」 「了解、ヘイロー1。みんな良くやってくれた」 「終わったか……」  狭いコックピットの中で安堵の息をつく。今回も何とか生き残る事が出来たようだ。  キャノピー越しに下の様子を見てみる。爆撃機も基地施設も完膚なきまで破壊しつくされている。BDA(爆撃損害評価)を待つまでも無い事は火を見るより明らかだ。 「……?」  残骸と化している格納庫(だったと思しき建物)の陰に何かが見えた。次の瞬間、白煙がこちらに向かって一直線に伸び上がってくる。  一瞬にして背筋が凍りつき、思考が停止する。 「SAMだ! ブレイク!」  ツイキの叫び声と同時に、機内にミサイル接近警報がけたたましく鳴り響く。俺は反射的に操縦桿を薙ぎ払うように右に倒し、同時にラダーペダルを思い切り蹴飛ばした。  ロールを打ちながら回避機動をとる俺の視界に、チラリと白煙が飛び去って行くのが見えた。冷や汗が背筋を流れ落ちる。  狙いが定かでなかったのか、SAMはあっさりと目標を失い、あさっての方向に飛び去っていった。 「は、話が違うぞ! SAMは配備されていないんじゃないのか!?」  自分の声は情けないほどに震えていた。考えてみれば、敵から攻撃を受けたのは今回が初めてのような気がする。 「……さすがのインテルも、携SAM(携帯型地対空ミサイル)までは把握しきれていなかったようだな」  ミサイルの脅威に晒されたにもかかわらず、ツイキの声は至って冷静だった。  結局、その後の攻撃は無く、基地上空から退避することができた。 「無事か、ヘイロー4」  俺達のF-4Sの隣にヘイロー3のF-4Sが並んだ。 「ああ、なんとかな……」 震えを押し殺し、出来るだけ冷静な声で言ったつもりだったが、成功したかどうかは微妙なところだ。 「そいつは何よりだ。さっさと帰投しようぜ」  俺たちは編隊を組みなおし、ロンディワルへの帰途についた。  その後のBDAで、爆撃機の全滅、基地施設の7割以上を破壊、航空基地としての機能を完全に奪い去ったと判定された。これによりエルジア軍はノースポイントへの爆撃の中止とリグリー飛行場の放棄を決定、喉もとの刃は取り除かれた。