「……こちら、AEW(早期警戒機)コールサイン・ハードラックだ。聞こえるか?」  通信機を通して聞こえるハードラックのACO(迎撃管制官)の声には、疲労が色濃く滲み出ていた。無理も無い。唯でさえ貧弱極まりない我がISAFの早期警戒レーダー網が、エルジア軍の工作員によって破壊されたのが数週間前の事。その穴を埋めるべく、連日連夜、空海軍は保有するAWACS(空中警戒管制指揮機)やAEWを張り付かせ、上空警戒にあたっているのだが、そういった機体は高価な事もあって数が少なく、ひとたび離陸すればクルー達は決して快適とはいえない機内に長時間閉じ込められる事になる。  空軍で運用しているE-767などは、母体が民間の旅客機ということもあって機内に余裕があるだけまだましだが、海軍の運用しているE-2Cホークアイの場合、そうもいかない。  単調極まるレーストラックパターンを描いて飛行する、居住性最悪の薄暗い機内で、長時間レーダースコープとにらめっこをするのは、耐え難い拷問に違いない。 「敵機の数は18。うち6機が爆撃機だ。奴らは、我が軍の総司令部に爆撃を加える腹積もりらしい」  精神と肉体の疲労に苛まれながらも、E-2CのACOは気丈に言葉を続けた。  迎撃に上がったのは、俺の飛ばしているF-4SファントムUを含め、20機前後。ハードラックからの情報どおりだとすると、護衛機はたったの12機ということになる。普通に考えれば、負けはしない。  だが、このたった20機前後が、俺の所属するISAF海軍空母ロンディワルの全艦載機なのだ。  空母航空団とは名ばかりの、2個飛行隊にも満たない艦載機部隊。各飛行隊の生き残りを急場しのぎで掻き集めたためか、コールサインだけではなく機体も統一されていない。呆れた事に、本来攻撃機であるはずの、A-4やA-7まで混ざっている有様だ。  そしてとどめは、部隊の半数を占める、訓練課程の途上にある航空学生を無理矢理登用した、新兵とすら呼べないヒヨッコたち。  かく言う俺自身、今回が初陣のFNG(新兵)なのだから、偉そうな事は言えない。 「そろそろ会敵する。警戒を怠るな」  機内通信を通して、やや高めの声が俺の耳を打った。  俺の乗機F-4SファントムUは複座型だ。後席には、航法と火器管制を担当するRIO(レーダー迎撃士官)が乗り込んでいる。   俺は、相棒の顔も名前も階級も、一応付け加えるなら性別も知らない。と言うのも、配属されて早々の出撃だった為、そういった基本的なことを確認する余裕すら無かったのだ。俺が慌てふためいて機体に乗り込んだとき、相棒はすでに後席に納まり、ヘルメットのバイザーを落としていたのだから。 「機体がぶれているぞ。操縦桿をしっかり固定しろ」 「あ、ああ……」  余計な事を考えていたせいか、ほんの僅かに、操縦桿を握る手がぶれた。そんな些細な操縦ミスも、相棒は見逃してくれなかった。  しかし、その落ち着き払った口ぶりは、航空学生時代の教官のように安心感のあるものだった。ひょっとしたら彼(?)は俺と違い、実戦経験があるのかもしれない。 「レイピア1より各機。ボギー・タリホー、12オクロック。エンジェル25」  その通信は、今回の出撃で臨時に飛行隊長を務める、レイピア1からのものだった。 (いよいよだな……)  俺は操縦桿を握る手に、僅かに力を込めた。初陣の緊張からか、手袋の内側がじっとりと汗ばんできた。固唾を呑んで、ハードラックからの「お許し(交戦許可)」を待つ。 「ハードラックより全機。クリアード・トゥ・エンゲージ。ウエポンズ・フリー(交戦を許可する。兵器使用自由)」 (よしっ……!!)  俺は、アフターバーナーをMAXまで押し込んだ。双発のJ79ターボジェットエンジンが唸りを上げ、ファントムが加速をはじめる。 「ハードラックより全機へ追加指令。今日は俺の誕生日なんだ。勝利をプレゼントしてくれ!」  俺たち新兵に対する、初陣の緊張を紛らわすための冗談だったのだろう。ヘッドセットを通して、僚機のクルー達の笑い声が、さざなみのように広がっていくのが分かった。 「メビウス1、レイピア1」  レイピア1より、俺たちの乗るファントムに通信が入った。メビウス1とは、俺たちの機のコールサインだ。 「敵の護衛機は、俺たちが引き受ける。お前は、ドンガメの爆撃機を狙え」 「メ、メビウス1、了解!!」  答える俺の声は、不覚にも上擦っていた。レイピア1のくぐもった笑い声が、ヘッドセットを通して聞こえてきた。 「気を楽にしろ、メビウス1。訓練どおりにやれば良い。ツイキ少尉、しっかりサポートしてやれ」 「……了解」  ボソリと答える相棒。ツイキという名前らしい。発音の語感からすると、俺と同じノースポイント出身だろうか。 「聞いての通りだ。増槽を捨てて高度を下げろ。敵爆撃機編隊の下方を抜けて背後に回りこむ」 「わかった」  俺は答え、ガロンタンクをリリースするスイッチを押した。バスンという軽い衝撃と共に、主翼下に懸架されている2本のガロンタンクが投棄される。お荷物を捨てて身軽になった機体を、爆撃機編隊の下方に潜り込ませるべく降下させていった。  上方を振り仰ぐと、キャノピー越しに遥か上空を、護衛機を従えた爆撃機の編隊が大名行列か何かのように悠然と通過していく。機種は4発ターボプロップの戦略爆撃機―Tu-95ベアだった。 「ヘイロー3、エンゲージ」 「オメガ11、エンゲージ」 「レイピア4、エンゲージ」  僚機からぞくぞくと「交戦」を表すコールが入る。護衛機とのドッグファイトに突入したのだろう。 「よし、上昇しろ。インメルマンで後ろにつけ」  相棒の指示に従い、俺はスティックをめいいっぱい引いた。緩やかな弧を描き、上昇をはじめるF-4S。強烈なGに身体がシートに押し付けられる。やがてループの頂点に達し、ちょうど天地が逆さまになったところで、俺は機体を180°ロールさせて水平飛行に戻す。俺のF-4Sは、上手い具合に爆撃機編隊の後ろに回りこむことに成功した。 「このまま距離を詰めろ。サイドワインダーで仕留める」  俺はスロットルを絞りつつ、Tu-95との距離を詰めていった。鈍重な爆撃機とはいえ後部には機関砲を備えている。迂闊に近寄れば当然蜂の巣だ。何度か舵を切りなおし、最適と思われるポジションに占位する。ミサイルコントロールパネルのスイッチをHEATモードに入れると、機内に独特のオーラルトーンが響いた。 「待て。まだ撃つな」  ミサイルをリリースしようとした矢先、相棒が待ったをかけた。 「トーンが不十分だ。今撃っても当たらんぞ」  俺は更に何度か舵を切りなおし、Tu-95に接近した。すると、機内に響くトーンが、先ほどに比べ、鋭く甲高い音になった。 「今だ、撃て!」 「メビウス1、フォックス2!」  赤外線誘導ミサイル発射コールと共に、俺は発射スイッチを押した。白煙を噴き上げ、右翼下に吊り下げられたAIM-9Lサイドワインダーが機体から離れた。  サイドワインダーは、そのまま一直線にTu-95めがけて飛翔し、機体後部に炸裂する。  後部胴体を粉砕されたTu-95は、破片を撒き散らしながら、海に落ちていった。 「や、やった……」 「ぼやぼやするな! 次だ!!」  その光景を呆然と見守る俺に、相棒の叱咤が飛ぶ。俺は、慌てて次の目標を選定する。編隊を組んで隣を飛行しているもう1機のTu-95をターゲットに定めた。 「メビウス1、フォックス2!」  2機目のTu-95に向け、2本目のサイドワインダーを発射。Tu-95は、盛んにフレアを撒いてサイドワインダーのシーカーをくらまそうとするが、無駄な足掻きだった。俺の放った2発目のサイドワインダーは、右主翼下のエンジン基部に飛び込み、右翼を粉砕した。片翼になったTu-95はあっさりバランスを失い、まるでスローモーションのように、ゆっくりとスピンをしながら墜落していく。 「いいぞ、メビウス1!」 「グッド・キル!!」  僚機から祝福の通信が入る。  瞬く間に2機の爆撃機を撃墜された敵部隊は、明らかに混乱を来していた。  そこへ僚機が一気呵成とばかりに襲い掛かり、浮き足立った敵の護衛機は、かたっぱしから撃墜されていった。  その間にも俺は、相棒のリードのお陰もあって、更に一機のTu-95と、敵護衛機のMig-21戦闘機1機の、計4機を撃墜する戦果を上げた。  終わってみれば、友軍の損害はゼロ、敵の爆撃機は全滅という圧倒的な戦果だった。敵の護衛機は、爆撃機が全滅した段階で交戦を断念し、近在するリグリー飛行場に、ほうほうの体で逃げ帰っていった。  「ハードラックより全機へ! 敵爆撃機部隊の全機撃墜を確認した!!」 「やった!!」  喜びを隠せないハードラックからの通信に、僚機の間から歓声が上がる。  敗残兵と新兵の寄せ集め部隊の初陣としては上出来だろう。  もちろん、それには様々な理由があり、エルジア軍が俺たちISAFを完全に舐めきって、旧式のTu-95やらMig-21やらを差し向けてきたからだった。  おそらく、護衛機のパイロットや爆撃機のクルー達も新兵に毛が生えた程度のものだったのだろう。  だが、ISAFがノースポイントに撤退して以来の勝利らしい勝利に、俺たちの喜びはひとしおだった。 「……大袈裟だな」  つまらなそうな口調で呟いたのは、相棒ツイキ少尉だった。 「いいじゃないか、勝ったんだから」  俺が取り成すように言うと、ツイキ少尉殿は「ふん」と鼻を鳴らした。 「この程度の勝利でいちいち喜んでどうする? 我々は、大陸をエルジア軍から取り戻さなくてはならないんだぞ」  俺は内心で肩を竦めた。どうも相棒は、少々お堅い性格のようだ。だが、さっきの戦闘を見る限りでは、RIOとしては有能のようだ(FNGの俺が言うのもおこがましい限りだが)  何にせよ、これから長い付き合いになるのだろうし、出来るだけ仲良くするよう努力しよう。 「ようし! 仕事は終わりだ、おうちに帰るぞ!!」  レイピア1の号令に、俺たちは編隊を組みなおし、母艦への帰途に着いた。