戦争が終わって自由の身になった私は、そのまま軌道エレベータの麓に広がる難民街で過ごしていた。  家族ももう残っていなかったし、未だに足も完全には治っていなかったから、私が育ったあの荒野に戻るというのは少しばかり難しい選択だった。それでも、あの混乱の中でも生き残っていたらしい爺さんの友人たちに手紙を出すくらいのことはしたさ。  そして私は、街中で廃品回収兼修理屋を始めることにした。ひとつ考えがあったからだ。店名は「スクラップ・クィーン」……。旧いJAZZ盤のタイトルみたいな響きがダサくて私は嫌だったけれど、周囲からの「宣伝費の節約になる」という言葉に負けてしまった。私個人を示すこの名は、いつのまにか一部の人間の間では有名になっていたらしい。軍からお役御免となった際に、少なからず退職金が出てはいたが……それも雀の涙だ。利用できるものは何でも利用しなければ、目標は達成出来ないだろう。  目標。もう一度、自分で飛行機を飛ばし……今度こそディープブルーの世界へ。  難民街に留まったのも、それが理由の一つだ。立て続けに起こった周辺での戦闘のお陰で、航空機の修理に必要な廃品や鉄クズ集めには苦労しなかった。多少ながら軍の中にもコネが出来ていたし(実際、スクラップ・クィーンの名前は通りが良かった)、割とちゃんとした商売になった。衛星が落ちてしまった影響で無線機の需要が高まって、使われなくなり動かなくなっていたそれらの修理を頼まれることも多かった。  仕事の最中、周辺を飛ぶオーシア軍機を見上げて、てめぇら人の飛行機落としといて、と今更に罵りたくなることもあった。いつか、私が作り上げた機体で追い抜いてやるからな。  そんなことを思いながら過ごす内、ある人物が私の店に現れた。 「悪いが、お前たちは席を外してくれ」 「はっ、何かあればお呼びください、少佐殿」  命じられた、お供の……恐らく護衛であろう男が二人、店から出ていく。ソイツは、この店に似合わぬ軍服姿でそこに立っていた。胸には多数の勲章。普段、そんな姿で闊歩するようなヤツとも思えないが……。私は尋ねた。 「こんなとこに何しに来たんだ、トリガー」  TACネームで呼ばれたその男は、店内を見回す。 「……どうやら、繁盛しているようだ」 「お陰様でね。しかし、そんな御大層な服着てウチみたいな店に来るんじゃねぇよ。客が入って来づらいだろうが」 「すまない。彼の……葬儀でな」  先の戦争……今では「第二次大陸戦争」、または「灯台戦争」と呼ばれるそれには幾人かの英雄がいた。そのうち一人は、この男が言う「彼」こと……ハーリング元大統領。彼が身を挺して守った軌道エレベータは当初、戦争の原因とされていたが……結果的には、あの巨大な塔が存続していたことが、この戦争を早期終結へと導いたと言えた。  自分を褒めるようではあるが……もし、あの戦いで、私たちが塔の通信設備を利用したゲリラ放送を行っていなければ、世界中の人間にあの戦争の真の姿を伝えることは出来なかっただろうし、あの大規模インフラが喪われていたら、群雄割拠化までしていた双軍はソレを互いのせいにして、上手く矛先を収められなかった可能性だってあったかもしれない。  更には、地球に迫る小惑星の破壊という重要なミッションを終えて帰還した、別の英雄たちを迎えることも出来なかっただろう。彼ら宇宙への遠征部隊の派遣にも元大統領が一枚噛んでいたということだから……やはりハーリングは塔を守って死んだのだと、少なくとも世論の理解はそちらへと傾いている。今となっては、この軌道エレベータこそが通信の要、復興の象徴となっている。だからこそ彼の国葬は、この街で行われたのだった。  私自身は、戦争の最終局面でこの軌道エレベータの破壊を焚きつけた側の立場であるけれど……まぁ、結果良ければなんとやら、だ。 「知ってるさ。ここいらも規制だらけだったし、中継もさっきまで観てた。国葬だから殆ど全チャンネルで流してたしな。王女様の演説も、なかなかのモンだったよ」 「そういう才能があるんだろう。……人を惹きつけたり、導いたりというような」  コゼット王女。彼女もまた、戦争を終結へと導いた人間の一人だ。元々、自国を戦争へと煽っていたという印象があるから、あまり表立って評価はされていないが……しかし、戦争終結のために命を張ったことを皆が知っていたし、あの場で演説を任されたということは……恐らく、それほど悪い立場ではないということだ。  演説の中で、コゼットは言っていた。あの塔こそ、ハーリングの平和への祈りそのものなのだと。今、彼女の中の「鏡」が、あの塔をそう映しているのだとしたら、それはとても喜ばしいことに思えた。多分それは、彼女自身の姿を映しているのだろうから。  それぞれが、実は自分の姿を映していた「ハーリングの鏡」……そういえば、当事者であったコイツには、あの鏡はどういう風に見えていたんだろう。まぁ、戦争が終わった今、それを聞くような野暮はしやしないけどね。 「それより、ハーリング殺しが濡れ衣だと公表されて、良かったじゃないか」 「ああ……」  元大統領の国葬が行われるとなった際に、併せてその死についても詳細が発表されたのだが……その内容の一部は、目の前に立つこの人物の「ハーリング殺し」の濡れ衣を晴らすものだった。それどころか、今となっては戦局をひっくり返した偉大な英雄の一人だ。そのドラマが、事情を知る人間たちをより惹きつけている。 「それにしても少佐殿とは……出世したもんだね」  実際、彼の戦績、功績は人間の常識から外れているレベルだ。戦争が人間同士のものから、より凶悪で高性能な人工知能との戦いへと変化し、そして人類が滅びるまで続く。……世界がそんな空前絶後の泥沼と化すのを瀬戸際で食い止めた、オーシア空軍のトップエース。一時はハーリング元大統領の乗る輸送機を撃墜したとして懲罰部隊に送られ、私と出会うことになった、この男。  勿論、彼だけで戦争を止めたってワケでは無いし、同じように英雄的行動を評価された人物は多くいたけれど……ただ、あの戦いは、彼がいなければ終結することなく続いていただろう。  今となっては、敵味方問わず、全ての人間から畏敬を集める男……いや、僚機として飛んだカウントの話だと、味方から化け物と呼ばれた敵の高性能AIですら、彼の機動から戦い方を学ぼうとしていたと言うのだから、人間どころか機械からも一目置かれていたことになる。全く、どちらがホントの化け物なんだか。 「いや、今回の戦争では上の人間も大分死んだからな……生きている人間で、その穴を埋めろということだろう。そこでだ――」  そんな常識外れの大馬鹿野郎が私に向かって言う。その時の彼の顔は相変わらずの無表情で、いつも通り何を考えているのかさっぱりだった。 「エイブリル・ミード、お前が欲しい」 「…………はぁ!?」  ◇  そして現在。私は、トリガーの機体を整備中だ。 「どうだ?」 「X-02S、ストライクワイバーンか……触るだけでも解るけど、良い機体だね。飛ばすのはアンタだから、乗り心地までは保証しないけど」  これは、かつて旧シラージ領上空でミハイが駆っていた機体らしい。中破して不時着したその機体を、私に直させようって魂胆だった。この男の言う「お前が欲しい」というのは「お前の腕が欲しい」という意味だった。おいトリガー。言葉が足りない、という言葉をお前は知っているか? 「……ま、言っても仕方ないか」 「何の話だ?」 「いや、こっちの話さ。それよりこの機体だが――」  X-02Sは、まるで機密の塊のような機体だったけれど、対ミハイ戦、対UAV戦を重ねて更に腕を上げたトリガーの機動には、従来機では対応しきれないというのが上の判断だったようだ。それを一個人に与えるというのは、確かに英断ではあるが……なかなか度胸があるヤツが軍上層部にいるようだ。  戦争という非常時が終わった今、正規の軍人じゃない私が機密だらけの機体に手を出すなんて、本来は銃殺モノなんだろうけれど……どうやら目の前の大馬鹿野郎は、そうならないように裏から手を回したらしい。私の胸には、オーシア軍の特任技術中尉を示すバッジが存在していた。外部から出向してきた体で、期間限定ではあるが……今ではこのトリガーが率いる部隊、その整備班のチームリーダーだ。かつての犯罪者扱いからエラく出世したものだった。 「あれほど特殊な兵装は守備範囲外だからな……ミハイが使ってたっていうレールガンまでは使えないけれど……アンタならそんなもの不要だろう。しかし、苦労して直したんだ。簡単に壊しやがったら、判ってんだろうね?」  釘は刺すが……どうせコイツは乗るのがどんな機体だろうとも、性能限界を超えてしまうような機動で戦うに違いない。まったく、整備士泣かせなヤツだよ。 「まぁ、大丈夫だろう。カウント曰く、俺の悪運は人間離れしているらしい。傍にいるだけで敵のミサイルも避けて通るんだそうだ」 「アンタのことだから、被弾はあまり心配してないけどね……しかし、それって運じゃなく、もはや超能力なんじゃないか? 人間離れしていると思ったら、なるほど……宇宙人だったってワケかい」  ホントは、整備士風情が少佐サマ相手にこんなフランクに話しちゃいけないんだろうけど……私がコイツの機体整備を続ける代わりに出した条件がコレだったから、誰にも文句を言わせはしない。  そう、私の復帰には大きく三つの条件があった。ひとつは、軍で出た不用品や回収した廃品、予備のパーツを無料、もしくは安価で譲り渡すこと。頭の堅い連中には「横流し」と言われるのかも知れないが、目標達成のために必要な廃品回収業を辞めることになるのだから、コレは譲れない。  もうひとつは、難民街の倉庫でレストア中だった「私の機体」……今はシートをかけてあるコイツを、この格納庫に保管すること。あの戦いの中で分かったことだけど、私は仕事の手を抜くというのがどうにも苦手だったらしい。だから、自分の「趣味」であるコレを近くに置いておきたかった。仕事の合間にいちいち倉庫へ戻って……という手間を省ければ、コイツの完成もそれだけ近付いてくる。  そして最後の一つが、私の口の悪さを容認すること。そもそも、王族相手にだってコレで貫いてきたんだ。今更デスマス調で話すなんて、ムリに決まってる。仕方ないから、敬礼くらいはしてやるけどね。  そんな無茶な私の要求は、意外にもすぐに通った。それも、その日の内に迎えの車が来たのだから、そもそも私の軍への合流は既定路線だったようだ。あとになって、それならもっと吹っ掛けておくんだったと後悔したが……しかし、たかだか少佐風情が軍の人事にここまで口出し出来るものなのだろうか。祖父のコネを使って上官脅した私が言える立場じゃないけれど……この機体の事といい、コイツにも上層部にコネがあったりするのか?  このトリガーという男には謎が多い。口数が少なく、普段から多くを語ろうとしない事が、それを更に助長しているように思う。それが自然なものなのか、それとも計算なのかは判らないが。  彼に一番近い人間である相棒ですらトリガーのことは良く判っていないようだった。そのカウントは「トリガーはトリガーだ」と気にしていない様子だったが、それは、自身が元・犯罪者だというのも関係しているのかもしれない。お互いの詮索はタブーなのだろう。……だが、そんなのは私には関係ない。フライトデータをPCに表示させて確認するトリガーに、わざとらしく尋ねてやった。 「で、実際のところ、どうなんだ」 「……どう、とは?」 「アンタの正体さ。なんでも、先の通信網全滅のせいで、いくつかの電子情報が完全にロストしたらしいじゃないか。誰かさんの個人データも含めてな。まさか、本当に宇宙人なワケじゃないだろ」  個人情報の喪失。それも、彼に謎の多い理由で最大のもののひとつだった。先の戦争以前、人間社会は殆ど全ての情報管理を電子ネットワークに依存していた。だから、それが拡大することはあれ、完全に喪われるとは夢にも思っていなかったのだ。  そのため、機密ばかりの軍などは情報喪失の被害も甚大で、中にはコイツのように個人情報そのものがまるっと抜け落ちてしまったヤツがいた。それがネットワークのバグ(虫)のせいだと言うのなら、コイツの情報は上物のハッパのように美味かったのだろう。  私の質問に対して、トリガーが大袈裟な溜息をついて見せる。 「まったく、迷惑な話だ」  それは私の質問がなのか、それとも自身の被った電子的被害がなのか、トリガー宇宙人論のことなのか、もしくはその全てか。そんなことすら、彼の表情からは伺えない。戦時中、彼を近くで見てきた僚友たちも、口を揃えて言う。彼は、どんな時でも変わらない。  それは、ともすれば周囲の反感を買ってしまう性質のものなのかもしれなかったし、実際、懲罰部隊でも最初は反感買いまくりだったが、それも過酷な戦況下にあっては頼もしく映ったようだった。絶望的な状況にあっても自ら殿を買って出るくらいのネジが緩んでいる大馬鹿野郎。しかもコイツは、その不利な状況を、自身の実力で全て覆してみせやがった。  搭載されていたガンカメラの記録が確かならば、この男の撃墜スコアは当然のように両軍の中でトップを記録している。対象はUAVを含めた対航空機に限らず、戦車を含めた対戦闘車両、挙句は対艦戦闘における全ての項目で、だ。それは一般に発表されていない情報の一つだが、オーシア軍内部では、まるで公然の秘密という状態だった。  そんな完全無欠なトップエースも、当初は一つ問題を抱えていた。その人間離れした機動に、搭乗する機体が付いていかなかったのだ。対するミハイ……敵のトップエースは完全に整備された最新鋭機を駆り、しかもテストのためにほぼ使い捨てていたというのだから、その乗機の差は歴然だ。  ……だから、私はこっそりと手を貸してやった。サラブレッド相手にロバで挑むんじゃ、賭けにもならないからな。  油塗れの、女らしさの欠片も存在しないこの両手だったが、祖父たちに仕込まれた整備の腕前だけは、誰にも負けない自信があった。実際、私の整備した機体は、最新鋭機を駆る敵の大エースにも、その機動を学習した超高性能UAVにも打ち勝ってきたのだから、少しくらいは誇って罰も当たらないだろう。勿論、この大馬鹿野郎の腕があってだということは理解してるさ。 「しかし、エイブリル。機体の整備に、俺の個人情報が必要か?」 「はっ! 私の整備にそんなもん必要無いさ……あとは調整だけだしな」  その誇りを刺激されて、そんな風に応えてしまう私。いかんいかん、これでは相手の思うツボだ。そういえば、祖父が言っていた。空のエースたちは、相手の機動をもコントロールしてしまうのだと。そのくせ、自分の機動は読ませない。今のがまさにソレだった。 「……そういえば、礼を言ってなかったな」  話の途中で、唐突にそんなことを言うトリガー。そして、PCのモニタを見たままで黙る。何の礼だ、それが礼のつもりなのかと言いたいが、それが無駄だということを最近学んだ。戦時中は殆ど言葉を交わしていなかったから、コイツの人間性というものが解っていなかったのだ。  解っていたのは、その腕前と度胸。そして、味方のためには自分の命を顧みない大馬鹿野郎だということだけ。戦争中は、まぁ、それで十分だったのだが、今はもう少し……いや、やめておこう。こういうのは私には似合わない。  しかし……この男は、もう少し解り易く生きられないものなのかね、と考えて……それは私もか、とため息をついた。  ◇ 「これは……」 「良いだろう? 厄除けの、お守りみたいなもんさ」  各種調整を終え、ようやく完成したX-02Sトリガー仕様機。尾翼にはその証である三本線の特徴的なエンブレムと、そして「スクラップ・クィーン」のロゴ。 「これからアンタは、将来再開する私の店の宣伝をするために戦うんだ」  ……だから、堕ちたりしたら絶対許さないよ。