パイロットの朝は早い。それは誰もが承知していることだ。 が、朝4時にブリーフィングルームに呼ばれるというこの状況は、早起きの自分たちにとってもあまり好ましいといえるものではなかった。 「パンはねえ、紅茶もねえ。あるのは不味い缶コーヒー。はん、クソッタレ」 「まあそうとがるな」 ピクシーは苛立っていた。確かにここ最近ゆったりと流れてた日々が続いたために、急に、それも早朝に呼び出されるなど思いもしていなかっただろう。自分もそうだったが。 「こんな朝っぱらからあのマヌケ面は何話そうってんだ。『おいしくない話』なら、滑走路の真ん中でひき殺した後に、イーグルからバラバラの死体を雪山に落としてやる」 それはいくらなんでもやりすぎだ。 「『美味しい話』も俺たちに訪れるときが来るかもしれんぞ。報酬が100万ドル、飛び出してみたら敵も100万機なんてのがな」 「よせよ、縁起でもねぇ」 「どうかね、もしかしたら今日の話も近からず、遠からずってやつじゃないのかな」 「さあね。死ぬ前にとりあえずパンが食いたいよ」 こうやって馬鹿のことを話しているうちにピクシーが突然別の話題を振ってきた。 「ケビンの噂、聞いたか?」 聞いている。ケビンがベイルアウトして地上から救難信号を出しているという話、また敵の無線からベイルアウトの確認を拾った、という噂もある。そのほかにもいくつも。 「ああ。ギャンブラーが何度も司令室に足を運んでいるのを見た。直訴してるのかな。あいつの横を通った時はものすごい目で見られたが。恨まれているのかねぇ」 「誰かに当たりたいのさ。自分のやるせなさを誰かにぶつけて自分の心を補完したいんだよ。」 個人的には、勝手に自己解決されるのであれば構わない。今はまだいい。ただ、その『補完作業』の中に俺が殴り倒されたり、撃ち殺されたりする過程があると困るんだ。 「それで?ケビンは助かるのか?」 ピクシーに問うてみる。 「真にしろ嘘にしろ、救出作戦の発動は無いんじゃないか」 「制空権?」 「それもあるが、地上部隊の残党が、あの場所からケツまくって逃げたとは思えん」 「・・・」 「ベイルアウトしたのは敵が集まる作戦区域からは離れていた。ただ敵が下りてきたなんて知ったら連中は・・・」 「いや、」 ピクシーの言葉を遮る。 「それ以上は、頼む」 「ん、あぁ」 ケビンの話題になると少し苛立つ時がある。自分のとった行動に対する周囲の態度。それ以上に自身で納得ができていない現状。そんなものに。 「・・・」 無言が、続く。 「相棒、何度も言うがあの日のことは気にするな。いいか、お前は正しい判断をしたんだ」 「分かっている」 「・・・」 「理屈では、分かる。だがそれは本当の答えじゃないんじゃないか?」 「どういうことだ」 「この状況を見ろ」 周囲では相変わらずちらついてくる視線を感じる。ケビンの話になってからは近くの連中の顔が険しくなってきた。 いらいら、する 「はん。なるほどね」 「ピクシー」 彼と向き合う。 「確かにお前の言うことは正しい。あの状況で交戦は不可能だった。自分でもあの判断は的確だったと思っている」 「・・・」 「でも奴らは俺のことを仲間を見捨てた人間、と思ってやがる。非常に不愉快だが、仲間を捨てたということには変わりないのかもしれない。俺はあの時ケビンを止めた。けど、心のどここかで止めても無駄だと理解していたのかもしれない。 その上で自分達だけで退却行動をとったならそれは見殺しと同じだ」 「・・・」 「おれにだって。もやもやがある。、考えがある、ジレンマがある。これを誰にぶつければいい? 俺は、どうすればいい?」 彼はしばらく答えなかったが、やがてその重い口を開いた。 「相棒、ギャンブラーがお前を嫌がる理由は分かった。じゃあほかの連中はなんだ?なぜお前に軽蔑の眼を向けると思う?」 「それは俺が新入りであって、ケビンを見殺しにして・・・」 「違うね」 自分をまっすぐ見つめているその相棒は真っ向から否定した。 「いいか、この機会に教えてやる。それは・・・」 答えを言いかけたその時、ブリーフィングルームに指令、マックバーンと副司令、「ロベルト・デュノア」の二姿が見えた。 ----------- 「注目!」 副司令の鋭い声がブリーフィングルームに響き渡る。 すると、今まで騒々しかった室内がしん、と静まり返り、座っていた人間が一斉に立った。 別に規律ではない。ましてやお互いを思いやっての行為ではない。 皆必死に生きている。このブリーフィングはいわば自分が生き残る術を思考する時間だ。全員が統一した行動をとるこの時はいわば自分自身に刺激を与える予備行動だと言っていい。そうやって彼らは自分自身の切り替えを行う。 オーシアの正規軍からこの現象を見てきているが、やはり、このブリーフィング特有の空気は傭兵であろうが正規兵であろうが同じものだった。もっとも正規軍には然るべき規律たるものがあるが。 「朝早くからすまない。今回の作戦を説明する。全員、着席してくれ」 がたがた、と80余名の人間が座っていく。 「5日間、小競り合いが続いているが、相手が動くのを待っていてもこちらが潰れるだけだ。前回の作戦でも、地上部隊を壊滅させることは成功したが、依然制空権は敵のものだ。おかげでサピンの補給部隊や制圧部隊が171号線を北上できずにいる」 さらにだ、とマックバーンは画面の地図をズームアップさせた。 「敵の装甲部隊がディレクタス方面から南下してきている。恐らく再び171を制圧する気だろう。が、幸い地対空部隊は少数だ。恐らく急ごしらえの編成で、サピンの地上部隊の撃滅だけを目的にしていると思われる」 マックバーンが画面の右上を差した。そこに自分たちの機体マークが表示される。 マックバーンに変わり、副司令のロベルトが語りだす。 「今回はサピンの制圧部隊の航空支援、及び周辺空域の制空権の確保だ。前回の戦いは前哨戦とでも思ってくれ。前の戦いでこれをやるにはリスクが大きすぎた」 皆に沈黙が流れる。前回のあれほど激しい戦闘が前哨戦というのだ。開戦初期から居る連中にとってもこれは恐れるべきことだろう。 「出撃ソーティは400程に達するかもしれない。総力戦だ」 いよいよ全員の顔が凍りつく時だ。 「待ってくれ。敵は急ごしらえの部隊なんだろ?それも対空部隊がほとんど居ない部隊で。そんなに出撃数を出すほどの戦闘なのか?」 近くで声が上がる。 「急ごしらえ、というのは対空陣地を張るだけの余裕がない、ということだけだ。それに今回は本気で171を取りに行く。敵の航空部隊も本腰入れてくるだろう」 いいか、と彼は続けた。 「さっきも言ったが今回の作戦は総力戦となる。2,3回は基地で補給を受けることになるだろう。兵装に不安があったらすぐ戻ってこい。基地にあるミサイルをあるだけ引っ張り出す」 総力戦、の言葉にウソは無かった。 「つまり負けたらこの基地は終わりってことか」 「そゆこと」 隣の妖精は、妖精らしくない、にやにやした笑いで返してきた。 「まあそんなに死にゃあしねぇよ。SAMの心配もいしな。気楽にいこうぜ」 ああ、とうなずく。 大規模な航空戦にはなるだろう。だが、爆撃のような理不尽な落ち方はしないはずだ。生き残る確率は前回より同じか、もしくはすこし下がるか。 「以上だ。生きて帰ってこい。解散」 そう考えると誰か必ず死ぬ、ということに改めて気づかされた。 誰か必ず空で死ぬ。そう思ったときに、あのケビンの真っ赤になった鋭い眼を思い出すのはなぜだろうか。 ----------- 「サイファー、ピクシー。来てくれ」 ブリーフィングが終わった後、俺たちはロベルトに呼ばれた。 ヴァーレ空軍基地副司令ロベルト・デュノア。 彼はエメリア出身の老兵。 エメリアの空軍を退役した後、マックバーンに声をかけられたらしい。 まだこの基地で傭兵部隊が結成される前のことだ これは余談。 ロベルトが連れてきたのは司令室だった。 「ガルム両名、待っていたよ。」 薄い笑みを浮かべながらマックバーンは前のソファーに手を差した。 俺たちはそこに座る。 「で、何の話だ?便秘薬ならよそに頼みな。最近腹の調子がいいんで苦しんでるビリーに20ドルで売っちまった」 「俺もいらないよ。俺最近になってクソが朝出るようになってきたよ。今まではクソする暇もなかったさ」 苦笑しながら、違う、そうじゃないと彼は手を振る。 「今はビリーのクソの心配より、ベルカ本国がこの前撒き散らしてくれたクソのほうが心配なんだ」 「ああ、『クソ』ね。」 俺はそうぼやき、ついこの間の戦闘を思い返す。 「どうしろと?」 俺の問いにマックバーンの後ろに立っているロベルトがこう答えた。 「『覗いてこい』」 しばらくの間、沈黙。 『覗く』、『クソ』。この前に撒き散らしてくれた『クソ』。『燕のフン』。そしてもう一度俺の頭の中は『覗く』という言葉にたどり着く。 それはつまり・・・・ 1秒が過ぎ、2秒が過ぎる。10秒目で我慢できなくなった。 「俺は紳士であるつもりだ。トイレの覗き見は趣味じゃない」 「そんな答えを俺は期待していないんだ。金はしっかり出すからきっちりベルカのトイレの中を撮ってこい」 俺は顔を渋らせる。 その時、だってな、とマックバーンがゆっくり答えた。 「お前は命を売ったんだろ?ならサムライ気取りでいるなよ。面白い映像を期待してるぜ。ガルム隊」 ・・・・何も言えない。 その時、額にこつん、と、ものが触れる感触がした。 「『な、?頼むよ。サイファー。』」 驚きはしない。怖くもない。空の上ではいつもこういう状況にある。 だが、俺はひとつ、答えが分かり切った質問をしなければならない。 「何の真似だ?」 それに対し、予想通りの返事が返ってくる。 「何、お願いさ。断れば俺の人差し指が動く。それだけの話さ」 「・・・・」 「その表情を見る限り恐れてはいないようだが・・・すまない。今回の『覗き』は極秘任務なんだ。断ってほしくないんだよ。サイファー」 知ったから以上、YESと言わなければここから出さない。そういう意図らしい。 「・・・分かった。分かったからソイツを下ろしてくれ」 「助かるよ」 彼は銃をロベルトに預ける。そしてロベルトは銃を預かった逆の手で資料のようなものをマックバーンに手渡した。 「何、お前らの技術と『ツキ』を見込んで頼んだんだ。最初から勝算のない喧嘩なんざ、俺はしないよ」 彼は資料をパラパラめくり、『トイレ』の地図を見せた。 「さて、『覗き方』についてだが・・・」 ----------- 「さっきの会話・・・・」 「あいつが何を言いたいかは分かるだろう?相棒。」 司令室を出て、俺たちは廊下を歩きながら先ほどまでのことを思い返してきた。 「要するに、円卓を覗け、ってことだろ」 「お上の趣味がトイレの覗きだったとはね・・・」 だが、事実マックバーン以外にも「トイレ」の中身を知りたい人間は大勢いるだろう。あそこにいる戦力は未知数だ。衛星の上空から見ても分からない。実際に敵の土俵に上がりこまねば何がどこに、どう出てくるなんて分かったもんじゃない。 「ま、カメラは俺が積むよ。サイファー」 「分かった」 にしても迷惑な話だ。たった二機でベルカの象徴である場所に殴りこみに行くのだ。むしろ敵さんがたまげてしまうだろう。 「敵はどんな顔するかな?」 「サタンのような恐ろしい顔かな」 「いや、大爆笑して操縦桿放しておっこちまうかもしれないぞ」 「かもな」 二人で笑う。 --------- 「そういえばさっきの答えを聞いてないんだ。なんだ?」 「答え?」 「周りの連中が俺を嫌っているっていうやつだよ」 「ああ、それか、それはな・・・」 彼は答える。 「みんな『自分がバービーの人形のように可愛いんだよ。』いつ、自分が見殺しにされるかわからない。それがたまらなく怖い。だから『うわべ』の信頼関係を取るわけだ。そうすることで自分は安心だという偽りの安堵感を得る。そうやって『信頼』を築くわけだ。だからそれを崩すものを嫌がる。ケビンの意思とはいっても、今回お前はそれを崩した。だからとりあえず嫌っておくのさ。別にあいつらはギャンブラーみたく、ケビンを気に入ってたから眉をひそめているわけじゃない。嫌っているわけでもないだろうがな」 「・・・」 「お前はいいやつだ。だがな、『正規兵馴れ』しすぎだ。ここにはモラルもクソもない。傭兵部隊だ。心の底から仲間を思う、なんて真似はするな。自分のことだけを考えろ。それが正しい姿さ」 ま、生きて帰ろうぜ。と言い残し、俺の相棒はハンガーにある片羽の鷲の元へ歩いていった。 ----------