2004年 10月5日 22:03 もう…………もう、我慢できねぇ。 握り拳を震わせ、息を吸い込む。 「てめぇら………少しはッ、遠慮ってもんを知らねぇのかッ!!!」 場末の酒場に、俺の悲痛な叫びが響き渡る。 が、そんな事お構いなしで奴らは酒を、飲んで、飲んで、飲んで、飲みまくっている。 そもそも何で32人もの大所帯になったのだろうか…………………。 最初は、作戦に参加したパイロットだけだった筈なんだがな、まぁ細かい事はこの際どうでも良い。 「い〜かげん諦めろ、スコット。一度スイッチの入った俺達を止める事は、何者にも出来はしないのだよ」 顔を真っ赤にしたアンソニーが、わははははと馬鹿笑いしながら宣言する。 「ふざけんな、命の洗濯の場を提供してやった俺に感謝ぐらいしやがれ!!」 「ありがと〜ございましたっと。………親父、ビール3本追加!!!」 こ、こいつは………ッ。 「てめぇ、飲みすぎなんだよ。金が無くなるじゃねぇか!!」 「お前の金欠は、女に貢ぎすぎたからだろうが。………………尻の毛抜かれんなよ♪」 「………………………………………」 撃沈。 「わはははははははは!!!」 大声で笑いながら歩き去っていくのを、俺は項垂れながら見送る事しか出来ない。 「はぁ〜」 いいかげん疲れた俺は溜息をつき、ビールが一杯に入った大ジョッキを持ってこの惨劇の舞台を睥睨する。 6つあるでかいテーブルには、むさ苦しい野郎共がひしめき、何が可笑しいのかさっきからゲラゲラ大笑いしてやがる。 テーブルの上には、何時の間に頼んだのか酒のツマミが所狭しと置かれ、床には夥しい数の空の瓶と缶が散乱しているのが目に入った。 クソ野郎共から目を逸らし、カウンターに目を向ける。 こっちは数人だが、「花」が在るぶん遥かにマシだ。 海軍のメスゴリラ共と比べれば、空軍のは淑やかな深窓の令嬢の様にさえ見えた。 そして諸悪の根源である《あいつ》はしっかりカウンターの隅に陣取り、優雅にカクテルなんぞを飲んでいる。 自費だから文句は無いのだが、妙にむかつく。 隣は当然、女だ。 顔が見えんから誰だか分らんが「イイ女」である事は間違いない。後姿がなんとも……………… ……………………色々想像してしまい、にやけそうになった顔を慌てて引き締める。 「ん?」 何かあったのか《あいつ》は席を立ち、入り口へ歩いて行きオッサンと話し込んでいる。 ありゃ、誰だ? どっかで見た事のあるツラなんだが、ど〜しても思い出せん。 必死で思い出そうと試みるが、アルコールで良い具合にふやけた脳が野郎の事で働く筈が無い。 破廉恥な格好をしたアイドルのポスターや、無修正画像ばかり思い出してしまうのは、俺の頭がイカレてる所為なのだろうか…… ……………まぁ、いいや。 男の事なんぞ考えていても愉快じゃないからやめだ、やめ。 奥から2つ目のテーブルに空いている席が在る事に気付き、早速移動する。 相変わらずバーの中は笑い声が響いていた。 皆、この瞬間だけは自分達が明日死ぬかもしれないという現実を忘れる事ができてるんだろう……………。 そう思えば、自腹を切るのも悪かないかもな、と思う。 目的地に着いた俺は、大ジョッキをテーブルに置き、ランディの隣に座る。 「よぉ〜、スコット。災難だったな」 「全くだ、飛行機バカなんて言わなきゃよかったぜ」 肩を竦め冗談めかして言う。 「あはははははッ」 もう酔いが回っているのか、腹を抱えて笑っている。 「……………笑いすぎだ」 「はははッ、はぁ、…………すまん、すまん。話は変わるけど、…………もう1年もドンパチやってんだよな、俺達」 「もうそんなになるのか。いやいや流石は腐ってもISAFだ、良く持ち堪えてる」 「そ〜いう問題なのか?戦争なんだぞ………俺は、人殺しになんかなりたくなかったのに。 政府のクソッタレが難民押し付けあって勝手に戦争始めて、やってらんねぇぜ」 このバカ、まだ引き摺ってんのか。本当に死んじまうぞ……………。 「ランディ君、キミは新聞やニュースを見ていないな?」 わざとおどけて見せ、ランディを小馬鹿にしてみる。 「なんだよ……………なんか間違ってるのか?」 「間違ってないが、正しくも無い。アンバー共和国は知ってるだろ?」 「ああ、FCUとエルジアが南北に分かれた勢力に、軍事顧問団を派遣したりした場所だろ?」 「そう所謂、代理戦争って奴だな。89年にベルカでの分離独立の動きに触発されたのか、 トチ狂ったバカがクーデターを起こしやがったのがその原因だ。 この内戦でFCUは南アンバーを、エルジアは北アンバーを支援してる。 で、この戦争は95年4月に両国の正規軍が激突するんだが、その年の6月に停戦協定が結ばれて終結してる」 「95年の6月って、たしか…………」 「そうベルカが核を落とした月だ、自国内にな。 こうしてFCUが、南部に追い詰められた状態で停戦。まぁFCUは負けたわけだ、エルジアにな。 で、96年に出された全海外駐留軍の一時帰還命令で南部に駐留していた陸軍は撤退してる。 北アンバーを支援していたエルジアも、2000年に南北統一選挙を実施する事で両政府が合意した事を受けて撤退し めでたしめでたし……………といかなかったんだな、これが。 99年の隕石落下後の経済危機が最も深刻だったのが、統一選挙を来年に控えたアンバーだったんだ。 FCUもエルジアも自国優先でアンバーに構っている余裕は無かったんだが、これが不味かった。 始めは、溢れた失業者の対策や経済の建て直しを共同でやっていこう、というスタンスだったんだが 資金の分担割合や、どちらが主導権を握るかで協議は難航し、その過程で南北の融和ムードは一気に消し飛んじまった。 そして99年12月に南アンバーが2000年の統一選挙を拒否、北アンバーに進攻し再び内戦が勃発する。 この内戦で発生した難民をどうするかで、FCUとエルジアが揉めに揉めたわけだ。 打開策が見付からないまま、2000年4月にエルジアはビザ発給要件の引き締めという形で難民受け入れ拒否を発表し 2002年12月には、未だ収束の兆しを見せないアンバー共和国の内戦に、 大量の難民が流入した事を口実の一つとして、軍事介入を行い北アンバーの勝利で内戦は終結。 2003年2月、両国は同盟を結び、8月にサンサルバシオンに進攻……………こうして、現在に至る訳だ。 理解できたかな?ランディ君」 「お前、ただの色ボケバカじゃなかったんだな」 真顔でぼそっと呟く。 ランディのあまりにも、あんまりな一言に脱力し項垂れる。 俺が………俺がせっかく、長々と説明してやったのに。 沸々と怒りが込み上げてくるのを抑えられず、テーブルの上に置いた2つの握り拳がわなわなと震える。 どいつもこいつも、あいつもそいつも俺の事を何だと思ってやがんだ。 …………………………簀巻きにしてカスケード洋に放り込んじまおうか。 一瞬、物騒な考えが頭をよぎるが思い止まる。 こんな奴でも一応パイロットだ、戦力の低下は防がねばならない。 かわりに、奴のデコに強烈な空手チョップを水平に見舞ってやる事にする。 目標視認、 ターゲットロック、 「FOX2ッッッ!!!」 「!!!!!」 ランディは勢いよく床に引っくり返り、手に持ったジョッキから零れたビールを頭に浴びる。 決まった……………美しく、完璧に。 作戦成功を祝い、ビールを一気に飲み干す。 「くぅ〜〜〜〜〜ッ」 美味い。 勝利の美酒とはよく言ったもんだ。 「ん?」 不意に肩を叩かれ、振り向く。 「ぶッッッッ!?」 か、顔に何かがべったりとくっ付いてやがる。 両手でへばり付いたそれを引き剥がす。 …………………………………………パイ。 そう、パイだ。 いったい何処からこんなものを……………。 顔にへばり付いたクリームを手で拭い取る。 「あははははははっはははは!!!ば〜〜〜〜〜ぶッッ!?」 「……………………」 プレゼントは互いに贈り合うのが礼儀だ。 前言撤回。 簀巻きにしてカスケード洋に放り込んでやる。 酒場に笑い声が響く中、私はカウンターに置かれた一枚の写真を見ていた。 その写真にはF−15Cを背景に、ハウジング付きのヘルメットを脇に抱え耐Gスーツを着た男性と、 ハーモニカを持ち、満面の笑顔を浮かべた12〜3歳くらいの男の子が写っている。 状況は特異ではあるものの普通の家族写真だ。 写真の裏には、 「1994年3月23日 愛する飛行機バカの誕生日に、オルムステッド空軍基地で…」と書かれている。 正直、この無邪気に笑う男の子と《中尉》が同一人物とは思えない。 この写真を拾ったのは15分前《中尉》がノーマン司令に呼び出された際、フライトジャケットのポケットから零れ落ちた時だ。 本当は拾った時にすぐ返すつもりだったのだが、深刻な表情で話し込む2人の邪魔が出来る筈も無く、今に至っている。 ………………司令も、こんな所までわざわざ何のようなのだろう、暇を持て余している訳でもないだろうに。 最近、ある噂が実しやかに囁かれている。 それは、大陸放棄の責任を取って統合参謀本部議長、3軍の参謀総長など軍の主だったポストの人事が一新されるという物だ。 何でも、軍の失態にシンクレア大統領を始め政府高官が、そのまま憤死するんじゃないか、というほど激怒しているらしい。 今更何を言ってるんだという感が拭えないが大方、軍上層部も必死の抵抗をしていたんだろう。 何れにせよ、戦争に勝つ気があるのなら内輪揉めだけは無しにして欲しいというのが正直な感想だ。 上のゴタゴタに巻き込まれる事ほど嫌なものは無い。 アプリコット・クーラーを一口飲み、もう一度写真に目を向ける。 そもそも私は、最初から整備員になりたくて軍に志願した訳ではない。本当は戦闘機のパイロットになりたかった。 子供の頃、父に連れて行ってもらった航空ショーで見た戦闘機のデモフライトに憧れたのがその理由だ。 青い空をキャンバスにして、星やハートが描かれていく様は、陳腐な表現だが本当に感動したし、 轟音を轟かせ飛んでいた、F−1やF−4の編隊飛行も今でも鮮明に思い出す事が出来る。 ハイスクール卒業後、両親の反対を強引に押し切り航空学校に入学したのだが、 その後、行われた適性検査にものの見事に落ちてしまった。 他にも落ちた人は居たのだが、その殆どは休みに家に帰ったまま二度と帰ってくる事は無かった。 こうして私はパイロットコースから外れ、整備に回される事になる。 ただ皮肉だったのは私は整備の方が向いていたらしく、躓く事無くすんなりと資格を取る事が出来た事だ。 そうして、第7戦術戦闘航空団 第118戦術戦闘飛行隊に配属され、現在に至る。 ……………………軍に入隊して、もう10年も経つのだと思うと妙に感慨深い。 突然奥の方から「FOX2ッッッ!!!」と叫びが響いた事に驚き、声の聞こえた方向に振り向く。 「今日という今日は我慢ならねぇ。ぶっ潰してやる!!」 「寝言は寝てから言え馬鹿ランディ!家に帰ってパパのミルクでも飲んでろッ!!」 どうやら、どこぞのバカが喧嘩を始めたようだ、周りに野次馬が集まり囃したてている。 喧嘩をしている2人の顔は、クリーム塗れになっていて誰なのかここから判別するのは不可能だ。 …………それにしても、何でああ下品なのだろう。 思わず、手で顔を覆いながら、やはり軍隊は友人の言う通り「男の園」なのだと思う。 「少尉ッ、落ち着いて下さいってば!…………おわッ…………曹長タスケテーッ!!」 聞き覚えのある声に呼ばれた様な気がして、もう一度振り返り声の主を探すも見つける事は出来ない。 …………打撃音に混じって、聞くに堪えない卑猥な単語やスラングがじゃんじゃん耳に飛び込んで来るだけだ。 「…………何やってるんだ、奴らは」 いっその事、席を立ってしまおうかと思った時、漸く待ち人が来た事に安堵する。 《中尉》は呆れた様に一言呟くと喧騒に背を向け椅子に座り、飲みかけのドライ・マティーニを一気に呷った。 グラスがカウンターに置かれるのを見計らった様に2杯目が注がれていく。 「あの、《中尉》この写真なんですけど」 そう言って、例の写真を渡す。 「?………………無いと思ったら曹長が拾ってたのか。ありがとう」 横目で、写真を確認し左手で摘み、眺めている。 「《中尉》の御父様もイーグルのパイロットだったんですね」 「昔の話だよ。………………………それにしても、能天気なツラだな」 苦笑し、そう言うと写真をジャケットのポケットに仕舞う。 「そうですか?私は、けっこう可愛いと思いますけど」 普段は全く意識しないが《中尉》は所謂、年下の上官という奴だ。 からかい半分、本気半分でシラフでは絶対に言えない事を酒の勢いに任せて言う。 「………………………………………………」 《中尉》の何とも形容し難い表情が可笑しくて、悪いと思いながらも堪え切れず肩が震えてしまう。 だ、だめだ……………つぼに嵌まっておさまらない。 「クリスティーナ・J・ハートネット曹長、……………………笑いすぎだ」 左手を額に当てながら、フルネームで呼ばれ諌められる。 「ふふっ……………すみません」 こういう事は、さじ加減が重要である。 いじり過ぎは良くない。 相変わらず後ろが騒々しいが、もう不思議と気にならなかった。 何故なら私の思考は《中尉》に初めて名前を呼ばれた事で一杯になっていたからだ。 「イテェ!…………椅子振り回すのは止めて下さいよッ。プロレスじゃないんすから!!」 「チャーリー、てめぇはすっこんでろ!」 「漢の戦いに水差すんじゃねぇ!!」 「お前、誰に賭ける?俺はスコットに2000だ」 「アンソニー、それじゃ賭けになんねぇって。ランディに3500」 「只今のレートは〜…………だめだ、おい誰か電卓貸してくれ」 「バッカじゃねぇの、「たのしい、さんすう」からやり直して来い。おたんこなすが」 「うるせぇ!!じゃあ、お前やってみろよ」 「え〜っと……………………………………………………………………………………………………親父、電卓!!!」 「それとな……曹長、今回の欠員の補充に関してだが、白紙になった」 強引な話題の変更を気にするより、その内容に呆れる。 「白紙って……………いったい何故なんですか!?」 「セントアークからの報告で、ヘイロー、オメガ、レイピア各部隊の生き残りが多数居る事が確認されたから、らしい。 まぁ、全部同じ航空団に所属しているから、大して変わらないんだがな」 「上の連中、何がやりたかったんでしょうか?」 あっちこっち引っ掻き回されていい迷惑だ。 「さぁ?以前ひよっこを配属させるか、させないかで大分揉めたようだからな。その関係かもしれん」 グラスを傾けながら、さらりと爆弾発言をする。 ………今回ウチに対する欠員の補充は無くなった、という事は。 「ひょっとして、ひよっこが来るんですか?」 「まさか、戦闘機動も満足に出来ないのに配属する訳無いだろう。幾らなんでも、そこまでバカじゃない」 「そうですよね。…………………………よかった」 第7戦術戦闘航空団は、第118戦術戦闘飛行隊、第120戦術戦闘飛行隊、 第156戦術戦闘飛行隊、第198戦術戦闘飛行隊の4個飛行隊からなり ロスカナス郊外のオルムステッド空軍基地をホームベースとしていたが、大陸放棄の際のゴタゴタと それまでの戦闘でMIAになった人が多数出た所為で散り散りになってしまっていた。 因みに各部隊の状況は、第120戦術戦闘飛行隊がエイギル艦隊の侵攻に備え、 F−2がフォートグレイス島のタットル空軍基地で待機。 飛行隊長は元ファントムライダーのハヤカワ中佐が勤めている。コールサインはオメガ。 三度の飯よりゴシップ好きな私の友人も、パイロットとして此処にいる。 第156戦術戦闘飛行隊は、SEADを主任務とした部隊でF−16CJ、DJを使用。コールサインはレイピア。 飛行隊長は既に戦死している。 そして、第198戦術戦闘飛行隊。使用機体はF−15E。コールサインはヘイロー。 飛行隊長はアレン・ジェファーソン中佐。 因みに全ての飛行隊が定数割れを起こしパイロットの数がバラバラになっている中、 1つだけ共通しているのは、配備されている機体が「闇鍋」状態という事だ。 「まぁ、1人の方が気が楽だよ。ウイングマンを喪う事も無いしな」 自嘲する様にそう呟く。 第118戦術戦闘飛行隊、最後の戦死者は《中尉》のウイングマンを勤めていた22歳の少尉だ。 ストーンヘンジ攻撃作戦失敗後に行われた、陸軍の撤退援護を行っている最中に撃墜され戦死している。 ―――――――彼が死んだのは、決して《中尉》の所為じゃない――――――― 最初の頃こそ、こんな言葉を言おうと思ったものの、もう言う気は無い。 何故なら、こんな使い古された慰めに意味も価値も無いのだと気付いたからだ。 それに《中尉》もそれを望んでいない。 全てを背負い、受け入れる、そう《彼》の姿勢が何よりも雄弁に物語っていたから。 であれば私のする事は、唯1つしかない。 常に《中尉》が最善の状態で戦場に赴く事が出来る様、職務を全うするだけだ。 「《お前》は何、女相手に堅い話してんだ。おら。 こういう時はなぁ、てきと〜に口説いてホテルに連れ込み、押し倒すのが常道だろうがッ!」 ………飲み会の名物が来た。 FCUの3軍の中でも、空軍の飲み会は凄まじく「荒れる」事で有名だ。 特に戦闘機パイロットのは群を抜いている。 空中戦の話から取っ組み合いのケンカに発展したり、真夜中に道端で徒党を組んで大声で歌う、突然泣き出す、 果ては、道で寝転がりそのまま熟睡し警察の世話になる等々……… とてもではないが、日夜厳しい訓練に励み国防の最前線に立つ人達とは思えない醜態をさらしている。 パイロットに憧れる子供達の夢を、木端微塵に撃ち砕くのは間違いない。 「中佐、自分に無理強いする趣味はありません」 「なに言ってんだ、このむっつりスケベッ!俺が24の頃は酒と女の事しか頭に無かったってのに、そんなんじゃいかんぞ!」 酒が回って完全に出来上がっているアレン・ジェファーソン中佐が、《中尉》にピントのズレまくった説教をしている。 その姿は、最年長のベテランとしてリグリー飛行場攻撃部隊の指揮を執っていた人とは思えない。 「…………………………………」 「死んだら女なんか抱けねぇんだからな、生き残る事が最優先事項だ」 ニヤリと笑いながら親指を立て、そう締め括ると大尉は手にしたジョッキを口に運ぶ。 「動機が不純すぎませんか?」 中佐の言葉に少なからぬ衝撃を受け、思わず呟く。 「動機なんぞ、不純なぐらいで丁度いいんだよ。……………曹長、覚えておけ。男は一皮剥けば皆ケモノだ」 意地の悪い笑みを浮かべ、そう言い放つ。 「……………………………」 咄嗟に自分の頭が思い浮かべた「モノ」に頭を抱え、打ちひしがれる。 酔っている所為だ、そうに決まってるッ! 必死に頭から「それ」を追い出そうと試みるも、そうすればするほど、どつぼに嵌ってしまう。 ショックから立ち直れない私の耳に、2人の話し声だけが届く。 「おい、なんかやれ」 「いきなりなんなんです?」 「芸だよ、げ・い。なんか1つぐらいできるだろう?」 「ハーモニカなら吹けますが」 「上等だ。褒美に、秘蔵の無修正DVDを進呈してやる。金髪メロンから桃尻まで選り取り見取りだぞ♪」 「……………御気持ちだけで結構です」 やけくそ気味にマティーニを一気に呷りポケットからハーモニカを取り出しながら、足早に歩いて行くのを視界の隅に捉える。 私も暗く沈んだ気持ちを切り替える為に、半分ほど残ったアプリコット・クーラーを一気に呷る。 やがてハーモニカの音色が聞こえて来た。 演奏が始まると、あれだけ騒がしかった周囲が幾らか落ち着きを取り戻していく。 最初の曲は「オールド・フレンド」のようだ。 ………………哀愁漂う旋律が耳に心地良い。 「なんつ〜か上手すぎてつまらんな、笑いがねぇ」 「……………」 まったく、この人は滅茶苦茶な事を言う。 悪い人では無いのだけど………。 横目で様子を窺いながら、そっと溜息をつく。 ふと中佐がポケットから銀色の翼のペンダントを取り出し、真剣な表情で見つめているのが気になり尋ねてみる。 「そのペンダント、ガールフレンドからのプレゼントですか?」 「違う……………娘からだ。御守りだから持ってろてな」 「…………………………」 「何で急に黙り込むんだ?」 「いえ、何でもないんです、何でも」 人は見掛けによらないというか、なんというか。 そもそも、そんな人がなんで、む、無修正のDVDなんかを…………。 「仲がよろしいんですね。………私の所とは正反対で」 内心の動揺を押し隠し、必死で平静を装いながら話題を逸らす。 「どうだかなぁ。最近まで親父臭いから寄るなとか、風呂の水取り替えられたり散々な目に逢ってきたんだが」 「私もやりましたよ、それ」 「…………………………………………………………やるなよ」 中佐は肩を落とし項垂れながらそう呟く。 「まぁ、若気の至りという奴です」 適当に笑って誤魔化すしかない。 あれから曲は何度も変り、14曲目。 マイ・ファニー・ヴァレンタインやサークル・オブ・スマイルズ、ジャズ・ワルツ、ZIGZAG……… といった曲を、ブルースハープとクロマチックハーモニカを使い分けながら演奏していた。 曲のレパートリーの豊富さと、何より「聞かせる」演奏に感心する。 いつしか、誰も彼も喋る事を止めた酒場の中に、ハーモニカの旋律だけが響いていた。 そして15曲目。 何処かで聞いた事のあるその曲を聞いている内、私は自然に歌詞を口ずさんでいた事に気付く。 ―――――――気と力強さに溢れた 自由と正義に充ち満ちている We'll fight to the end For liberty in our land 我らは最後まで戦う 我が祖国の自由のために ………これはFCUの国歌である、自由の賛歌だ。 私が歌い始めた事が呼び水になったのか、歌声はどんどん広がり酒場の中を満たしていった。 肩を組んで歌ったり、足を踏み鳴らしながら歌う人もいる。 「もう1回やれ、もう1回ッ!!!」 何処からか、流れに乗り遅れたらしい人が叫ぶとそれを聞いた《中尉》は更に力強く、最初から吹きなおし大合唱が始まる。 O'er azure skies And emerald plains 紺碧の空と緑豊かな大地が果てしなく広がる Where freedom and justice prevail With courage and strength この地には 勇気と力強さに溢れた 自由と正義に充ち満ちている We'll fight to the end For liberty in our land 我らは最後まで戦う 我が祖国の自由のために 最後まで歌い終わる頃には、酒場の中のボルテージは最高潮に達し、大勢の人が歌い終わると同時に 気勢を上げ、手に持ったジョッキを突き上げて乾杯したり、もう一度歌い直している人もいる。 「………………最後まで戦う、か」 私には、まるで先に散って逝った人達に対する《中尉》の誓いの様に感じた。 隊長達の死に報いる為の………………。 ―――――――我らは最後まで戦う 我が祖国の自由のために―――――――