2010-09-23 鳴るはずかないスクランブル発進を告げる警報がけたたましく鳴り響いている。 俺はおもはずを砂浜を蹴って格納庫に向かう。 だが、”新米”のために機体が用意されていないことに 格納庫の入口に立ってようやく思い出す。 「あぶねぇぞ、どけぇ!」 はっと我に帰るとまさに滑走路に向かおうとしている機体が目の前にあった。 急いで中に入ると、おやじさんと呼ばれている腕のいい整備主任が真剣な眼差しでこちらを見ている。 「016番を用意しろ」 えっ?という表情でおやじさんを見ていた目が、こちらに突き刺さる。 そりゃそうだ。こんな緊急時に新米を飛ばせと言っているのだから。 俺はすぐにロッカーに装備品を取りに行く。途中で何人かとすれ違い、 明らかに驚いていたがどうでもいい。 こういう時は何機上がることができるかが勝負を決めるからだ。 あの時、痛いほど分かった。 戻ると、あっという間に兵装の装備を終えてパイロットがコックピットに収まるのを待っていた。 「ありがとうございます」 「生きて戻ってくるんだ」 これだけ交わすとタラップを駆け上がり、キャノピーを閉める。 こうなったら完璧な密室、まさに空飛ぶ棺桶の名にふさわしい。 さっさと滑走路に向かっていると管制塔から無線が入る。 「少尉、なにを考えている?さっさともどれ!」 そうだった。管制塔には飛ぶなんていってなかった。 「一機でも多い方がいいだろ?」 とだけ言って速度を上げていく。 「クソっ!いいか、生きて帰ってこい」 「了解」 実戦に出るのは初めてではない。だから知っている。生きて帰って来れないこともある、と。 「こちらブレイズ、状況説明を」 かなり苦戦が予想された。何しろ敵は10機、しかも海軍からの情報によると機種はMig29 こちら側は10機だが7機は練習生が操っている。俺の前に上がったのが3機ということは俺を含めて7機。 しかも機体性能で大きな差がある。 だがいくしかない。 「いくか」 戦域に到達した時はやっぱりと思った。 既に練習生が2人やられていて増援で行った部隊も1機が既に消えていた。 「こちらブレイズ、手伝いに来ましたよ」 そんなことを言っている間に教官の1機が被弾し、落ちてゆく。やはり戦力差が大きい。 さらに、練習生も庇わなくてはならない。 「お前そんなこと言えるのかぁ?まぁいまは猫の手でも借りたい気分だ。あとでたっぷり絞ってやる。」 ウォードッグの隊長のハートブレイクワン--ジャック=バートレット--はそんな軽口を叩きながら、撃墜してはいないものの 3機を相手にしている。さすが15年前の戦争を生き延びたことはある。 「いきますよ」 まず練習生の機に張り付いているのを落としにかかる。 なんとか逃げてはいるが、技量の差は大きい。 敵機の後ろに行くが、気づかれて逃げられる。だが生憎、負ける気はしない。 旋回していくが、甘い。甘すぎる。すかさず機銃をお見舞いする。 「だめだ!主翼に当たった、脱出する」 その声の後、パラシュートが空を舞った。 「助かった。後でなんか奢るよ」 「頼むよ」 短い会話の後、次の獲物を探す。 左後方に一機だけ、他とは明らかに機動が異なるのがあった。"007"ナガセ少尉のものだ。 流石だななどと考えていたその時、近くで爆発音がした。 すぐに右の方を見ると先ほど「奢るよ」と言ってくれた練習生が乗る機体が黒煙を出しながらゆっくり落ちていた。 近づく間もなく、悲痛な叫びと共に空に散っていった。 そのあとのことはよく覚えていない。 次に記憶があるときは、隊長が音割れするほどの大声で俺の名前を叫んでいた。 「マリク!終わったんだよ、いい加減返事しろぉ」 「ん...すみません.....」 他に何も言えなかったし、何を言うべきなのかわからなかった。 練習生は、ナガセ少尉を除いて全滅。教官も一名、増援は3名とも無事であった。 着陸の順番を待っていると爆発音がして、すぐさま周りを見渡すが、誰もいない。 まさかと思い、基地を見てみると、予感は的中していたのだ。教官機が墜ちていた。 次の瞬間、考えた。”俺はどうやって下りればいいんだろう?” 塞がれた滑走路の横に下りてゆく...右では消火活動を行なっているが、あれでは助からないだろう。 この瞬間、おれは人の死に対して淡々と考えていることが恐ろしくなって、機体が静止したあともコックピットの中でぼーっとしていた。 コンコンという音で気づいた。隊長がタラップを持ってきてキャノピーを叩いている。後ろでは、増援部隊が着陸している。 「落ち着いたか?」とだけ言って。 横に目をやると、増援部隊の表情が冴えない。多分俺以上だ。 記憶が飛んでいる間とんでもないことをやっていたらしい。ということは隊長に促されるがまま機体を降りている時に気づいた。 鋭い痛みが襲ってくる。すぐに察知した隊長が医務室に付き添ってくれている。 「お前、初めてじゃないな。」 特に何の反応も示していない俺に対して続けざまに言う 「俺だって馬鹿じゃねぇんだ、見てりゃ分かるさ」 「ったく、言ってくれてりゃ他のメニュー組むことだって出来たんだぜ」 戦闘の話を避けているのは明らかだった。 「気にするな。敵さんから見れば戦闘機はどれもおなじさ」 さも当然そうに言う彼に対して経験の厚みと悔しさを垣間見ることができた。 一通りの手当が終わった後、予想通り司令官に呼ばれた。 あふれんばかりに肉がただれている出来ることならばみたくない光景だ。 30分ほど小言を言われ続けたが、副司令官のハミルトン大尉に救われて撤退に成功する。 「あまり無茶をするんじゃない。死んでたかもしれないんだ。」 「死ぬときは死ぬ時です。」 と言い返すと、呆れたと言いたげな顔を隠すかのごとく立ち去っていった。 結局、この戦闘は隠蔽された。俺は二度と相手に牙を向けるような真似はしたくなかったから、まあいいかななどと考えていた。 全面戦争なんて御免だ。